日本で初めてラーメンを食べたのは誰?

 日本でラーメンが庶民の間で食べられるようになったのは、明治43年の東京、浅草の来々軒が最初と言われていますが、実はもっと時代を遡って300年余り前に口にした人がいました。
 それは、『この印籠が目に入らぬか〜』のセリフで有名な水戸黄門様だったのです。
 水戸黄門、正式名、水戸光圀は、水戸藩初代藩主、頼房の子、家康の孫にあたる人で、1628年に産声をあげ、9歳で元服したのち将軍家光の『光』を与えられて『光圀』と名乗りました。
 34才で水戸藩藩主となり、その非常に高い手腕から「名君」と慕われ、将軍綱吉の時代の幕府を支えた一人としても知られています。
 1665年、儒学に熱心だった光圀は、長崎に亡命していた明国の儒学者「朱舜水(しゅしゅんすい)」を水戸藩へ招きました。
水戸黄門  朱舜水は多方面にわたり尽力し、自らうどんを打つほどの無類の麺好きであった光圀に、中国の麺を紹介しました。
 日乗上人日記によると、1697年6月16日、光圀は朱舜水の伝授した麺を自ら作って家臣に振舞っています。そして、できるだけ美味しく食べるのに、必ず五辛を添えるように勧めました。五辛とはショウガ、ニンニク、ニラ、ネギ、ラッキョウのことで、中国では、五臓の気を発するといわれています
 なお、当時のラーメンは、れんこんの澱粉から作られた「藕粉(おうふえん)」というものが使われました。
 これは、古来、唐の時代から麺を打つ時のつなぎとして使われたきたもので、日本そばでいうところの小麦粉に該当するものです。
 さて薬味の五辛を添えた当時のラーメン、詳しい製法の記録がないので完全な復元は困難ですが、はたしてどんな味がしたのでしょうか?

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